PROFILE

三橋 和史みはし かずし

略歴

昭和63年
大阪市西区生まれ
平成7年
八尾市立大正小学校 入学
平成12年
香芝市立下田小学校へ転校
平成13年
香芝市立下田小学校 卒業
平成16年
香芝市立香芝中学校 卒業
平成19年
奈良県立奈良高等学校 卒業
平成23年
明治大学 政治経済学部 政治学科 卒業
株式会社南都銀行 入行
平成26年
   〃     退職
奈良県庁 入庁
平成29年
 〃   退職
奈良市議会議員 最年少 2位当選
(令和3年7月まで)
平成30年
奈良市監査委員
(令和元年まで)
令和元年
大阪大学大学院 高等司法研究科 入学
令和3年
   〃     修了

主な取得資格、特技・得意分野

資格:
司法試験合格(令和3年)、行政書士試験合格(平成23年)、金融関係の各資格(銀行在職中)
特技
得意分野:
法律条例立案(法文化作業)行政広報企画立案、行政実務、弁論、野球、弓道

生い立ち紹介HISTORY

幼少期から高校時代まで

小学生の頃は野球一筋の「野球少年」で、一方で鉄道などの乗り物好きの物静かな子どもだった。

中学生の頃に「将来の職業」について真剣に考え始め、当時政権を担っていた小泉純一郎首相に憧れ、担任の先生の助言もあって政治家を志すようになる。

高校生の時には、弓道部に所属する傍ら、生徒会長を務め、全校集会1,300名の前で「将来は政治家になって、日本に貢献する」ことを宣言する。

野球少年だった小学生の頃
高校生時代には弓道部に所属

大学生時代のアルバイト

高校卒業後は政治を学ぶため、上京して大学に進学した。裕福ではなかったので、生活費と学費全額を自身で負担しなければならない環境で進学したため、4年間ほぼ毎日、早朝7時からアルバイトをして、奨学金で賄うことができない費用を捻出する。

なお、自身も奨学金を返還し続けているが、自身より若い世代が社会に出た時点から既に「奨学金地獄」に陥っているということがないよう、志ある若者の高等教育費の負担軽減措置を拡充させる施策の推進を目指す。

複数のアルバイトを掛け持ちしていたが、4年間通してやり遂げたのは、明大前駅のホームでラッシュ時の対応をする(乗客を押して電車内に詰め込む!)駅員のアルバイト。リーダーを務めるなどして、会社に勤務態度が認められて時給が大幅アップされる。在職中に作成した「勤務手引」と、切符で作成した「オブジェ」がこちら!

作成した勤務手引
不要な切符で作成したオブジェ

政治を勉強する日々の大学時代

大学では、雄弁部という弁論サークルに所属する。全国から集まった学生らとともに政治や経済などについて、議論を交え意見を闘わせた。参議院議員で弁護士の丸山和也氏を迎えて講演会を実施し、弁論大会を主催するなど、当時の弁論界では「行動力の三橋!」と評され、他大学の集まる弁論大会では弁士への質問が鋭いと恐れられ「質疑の三橋!」として名を上げる。

政治経済学部でよく勉強させてもらった研究室では、私の憧れだった小泉政権の「功罪」について分析した。明治大学で政治学科長などを歴任されたゼミの教授は、初立候補の相談に際して「しっかり受かって来い」と激励をいただいた。

この他、大学生活の4年間を通して、国会議員や都議会議員の下で学ぶ。時には秘書業務のアルバイトとして、時には純粋な研修生として。国会議事堂や議員会館で知り合いの議員が声を掛けてくれるようになったり、国会で徹夜で予算委員会における原稿を推敲したりしたのは、非常に楽しく貴重な経験だった。

とある国会議員が「卒業後はぜひウチの事務所へ入ってくれ」と声をかけてくれたのは嬉しかった。それでも、地元奈良への貢献にこだわり、卒業後は奈良へ帰郷する道を選択する。

明大雄弁部では2年生で
議長や大会実行委員長などを務める
社会情勢につき鋭く意見を述べ、
テレビの出演依頼なども!

南都銀行で経済人として成長

地元奈良への貢献を志して、大学卒業後は奈良県の第一地銀である南都銀行へ入行。3年間の銀行員生活で、世界と地域経済に関する知見を深めつつ、事務処理の効率化に取り組むなど実務能力の向上に尽力する。

この経験から、県民や市民の多くは、高級ホテルを建設するとか、何十億円も費やして文化施設を建設するとか、箱モノ行政には全くと言っていいほど興味や期待がないということを確信する。多くの県民や市民の関心事は、明日の暮らし、老後の生活、教育や医療に要する費用をどうするか、身近な食料品や自動車燃料等の物価、金融や交通機関によるサービスの利便性、これらが明日の奈良県や奈良市ではどうなるのかという点であることを実感する。

退職することとなる最終期に、投資信託及び生命保険分野の営業収益第1位。半期のうちに4回ほど成績優秀者となる。公共性の高い銀行業務であるので単に売上が高ければよいという訳ではないが、顧客層は幅広く、それぞれのお客さまが求めるものは何かを理解してきた成果であると自己分析。それでも、先の読めない地元経済や企業の倒産を目の当たりにし、政治や世界情勢が日常経済に及ぼす影響の大きいことを実感する。

銀行員として実務能力を磨き
お金の大切さを学ぶ
奈良の市街地で勤務

奈良県庁へ入庁、そして立候補の決意

金融だけでなく幅広い分野で社会貢献したいという思いから、学生時代の恩師や学んだ国会議員の助言もあり、銀行を退職、奈良県庁へ入庁。なお、同時に大阪大学法科大学院への合格を得るも、学費の目途がつかず入学を断念する。

県庁では、災害対策関係の部署に配属される。防災行政広報の普及に力を注ぎつつ、奈良県月ヶ瀬の大量の土砂の違法掘削事件や、県内住宅地違法盛土事件などを担当する。

前職民間企業での経験と比較して、ずさんで無駄の多い業務実態を目の当たりにする。独自に徹底的に具体的な調査を重ねたところ、県庁には公務員たちの「事なかれ主義」「住民は二の次という感覚」「都合の悪いことは隠蔽・改ざんする体質」がはびこっていること、誠実な公務員が正しく評価されていないことを実感する。

山間部の学校で防災教育を実施
新たに費用をかけず、既存設備で
最大の広報効果を生み出す!

初出馬、最年少当選

平成29年7月9日奈良市議会議員選挙に最年少28歳で立候補し、5,082票をいただき2位で当選する。

当選後は休む暇もなく政務調査を開始し、奈良市議会に新しい風を吹かせるべく日々邁進する。 また、市政だけでなく、県政や国政についても積極的に携わり、各分野の政治家と連携して地域の諸課題の解決に取り組む。

街頭演説で魂の訴え
当選確実で万歳三唱